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故郷の地で表現する
鹿児島ラーメンの進化。
豚骨醤油の一杯に
守破離の“離”を見る。

「JAPAN ラーメン道」で提供されるスープのベースは豚骨だ。
そしてそれは店主・石井さんの経歴を考えると、
意外なチョイスであると思えた。
鹿児島港からジェットフォイルで約 1 時間半の距離にある種子島で生まれた石井さん。
20 歳でラーメンの世界に入り、22 歳で上京し、
関東の有名店で腕を磨いた。
そのうちの一つは、〝ラーメンの鬼〟という
異名で広く知られたラーメン職人、故・佐野実さんが営んでいた「支那そばや」。
この「支那そばや」で提供されていたのは
鶏ガラ主体のいわゆる中華そばなのだ。

ぼくだったら、きっと修行先の味を出すだろう。
ところが石井さんは、豚骨ベースのラーメンを選んだ。
地元の人に届く味を表現したい――――
そんな思いが目の前に置かれたラーメンから伝わってきた。

食べたのは看板メニューの「男前らーめん」(700 円 )。
まず見た目に惹かれる。
やや厚めにカットされたチャーシューが
キャベツとモヤシの山にもたれかかるようにして
トッピングされていて目を引く。
手前には焦がしネギ油、奥にネギ、海苔が添えられ、ごちそう感が丼全体から満ち溢れている。

豚骨スープの香りは豊か。
臭みが一切感じられないのは下処理の賜物だろう。
「豚の頭骨、ゲンコツを煮込み、その1番~3番だしまでをブレンドするのがポイントですね。
1番だしだけではやや若い印象になってしまうので」
言葉に力を込める石井さん。
スープは前日分を混ぜるのではなく、
豚骨のフレッシュ感を引き立たせるために当日分だけを用いる。
そのため、1番だしだけの “出たとこ勝負” ではリスキーだ。
口に含めば味わいはまろやか。
豚骨による旨味はもちろん、かえしに用いる醤油がもたらす旨味も、
この一杯において重要なウエイトを占めているように感じられた。
この醤油は香川県・小豆島で製造されたものと、
地元・鹿児島産のものをブレンドしているのだという。

「最初は関東寄りの調味になっていました。
ただ、こうして地元でラーメンを作っていくうちに、徐々に鹿児島の味に近づいていきましたね」

実は真っ先に目を引いたチャーシューは
鹿児島のブランド豚「鹿児島茶美豚 ( ちゃーみーとん )」であり、
鹿児島ならではの食材をさりげなく盛り込んでいる。
焦がしネギ油といい、キャベツやモヤシといった野菜といい
見た目は鹿児島ラーメンの王道に通じるものが感じられ、
こうして鹿児島ラーメンの静かな進化に触れられたことが嬉しく思えた。

ラーメンは豚骨醤油味の「男前らーめん」のほか、味噌味、醤油味も取り揃えている。
石井さんがこの地で表現する醤油味にも興味が尽きないし、
味噌となればどう変化するのかも気になる。
全てを食べた時に石井さんの世界観が見えるのだとすれば、
早々に他のラーメンも制覇せねばという欲求が膨れ上がった。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com