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  2. 私福の一杯。

苦労こそ楽しさ。
端正なビジュアルの
裏側に隠れる
代表の生き様にシビれる。

「凜」という文字が中央に書かれた1 枚のディスプレイに目が止まった。
とてもカラフルで、曼陀羅のようにも見える。
近づいてみると、その鮮やかな色彩の正体は、ラーメンだった。
「前の店では毎日、限定麺を出していたんです。
それをずっと食べ続けていてくれた常連さんがデザインに起こしてくれて。
こうやって鹿児島に送ってくれたんですよ」
シンプルな盛り付けのものもあれば、
いかにも濃厚そうな黒みがかったスープのラーメンもある。
スープオフもあり、本当にバラエティ豊かだ。
こんなオリジナリティ全開のメニューを毎日----当たり前だが、
代表・天降さんは限定ラーメンを毎日出すということを
目的としていたわけではない。
遊びではないのだ。
用意するのは、お客様に提供する以上、
ある一定の水準を満たした一杯だけ。
どんなに大変なことか分かるだけに、強く印象に残った。

「ラーメン専門店 凜」を開業する以前、
天降さんは千葉県佐倉市表町で
鶏そば凜( 創作ラーメン) という店を営んでいた。
店は行列が日常茶飯事の有名店で、
多くのファンを抱えていたそうだ。
「ただ、この先のことを考えると、
生まれ故郷の鹿児島で店をしたいと思いまして。
本当は義理の息子に千葉の店を任せようと考えていたんですが、
最終的に家族全員で鹿児島にU ターンし、
営業を再開しました」。
2016 年の年末で千葉の店を畳み、
翌年の春、霧島市国分でリニューアルオープンを果たす。

霧島市は天降さんの郷里ではあったが、
それだけが再開の地に選んだ理由ではない。
「千葉の時代からラーメンに使う水にはこだわりがあって、
おいしい水を探し求めていました。
すると奇遇なことに、
地元である日当山の千石温泉で湧く源泉水に出合えたんです。
本当においしくて、硬度15ml という超軟水なので出汁もよく出る。
店では炭酸水にしてお客様にも飲んでいただいているんですよ。
この水があったからこそ、
この地に根を下ろす覚悟が固まったんです」と笑顔を見せた。

天降さんのラーメン好きは根っからのもので、
誰に習うわけでもなく、
自宅で趣味としてラーメンづくりを続けていたという。
前職も飲食業とは全くの畑違い。
だが、それがよかったのだろう。
先入観がないからこそ、独創的なアイデアが湧き出て、
それを形にする柔軟性が養われていた。
なぜラーメンが作りたかったのか。
天降さんのラーメンづくりのルーツは幼少期まで遡る。
「休みの日に親父が温泉に行くぞという時についていくと、
帰りに必ずラーメン店に寄ってね。
外食なんて今では普通のことですが、
あの頃はとても贅沢なことでしたから、
ラーメン目当てにホイホイとついて行ったもんですよ。
だからラーメンは私にとってごちそう。
自分でそれを作ることはこの上ない喜びなんです」
店を始めてもなお、ラーメンづくりが楽しいという天降さんは、
今も常連さんには昼の繁忙時を外した時間帯にこっそりと
創作ラーメンを出しているそうだ。
内容は「激辛で」「麺は~グラムくらい」といった
お客からの要望を形にする即興タイプから、
天降さん自身がその時々に作りたくなった
一杯を用意するフリースタイルまで、実に多様。
千葉時代にとった創作ラーメンづくりの杵柄は、
今も色褪せていない。

とはいえ、創作系はあくまで飛び道具。
あくまでベースは「淡麗」「豊潤」という
異なるアプローチで仕上げた2つのラーメンだ。
淡麗は魚介系の出汁がベースの透き通ったスープで、
豊潤はしっかり下処理をした鶏ガラを煮詰めて
旨味を凝縮させた白濁した鶏白湯スープで楽しむ一杯だ。
濃淡のアプローチなので確かにベクトルは違うが、
根っこは同じ。
老若男女が安心して食べられるラーメンである。
この日、食べたのは淡麗。
運ばれてきた瞬間、
幸福感がそのまま気体になったような湯気がふわりと立ち上り、
挑発してくる。
対面すると、そのトッピングの華やかさに驚く。
鶏チャーシュー、半熟煮卵、そして色とりどりの野菜たち。

「野菜は全部、近くで採れたものなんですよ。
ラーメンそのものにも言えるのですが、
うちでは素材の味をしっかりと感じてもらえるような
調理や味付けを心掛けています。
そのため、野菜も基本的には生の状態で盛り付けているんです」
スープは淡麗という言葉通り、
すっきりした後味ではあったが、
旨味はきっちり詰まっていた。
その日、その日の魚介をベースにしているのが特徴で、
この日はサバが出汁の要。
毎日、素材が変わると大変じゃないですかと言うと、
「大変だから面白い。毎日、違うことをやっているみたいで、
全く飽きないですよ」と笑う。
この圧倒的な職人気質こそ、天降さんの原動力だ。
麺においても、その考えは変わらない。
「麺も、毎日、温度や湿度が変わり、
それに合わせて水分量や寝かす時間を微調整しないといけない。
同じ素材を使っているんですが、
毎日、違うことに取り組んでいる感覚です」。

華やかな彩りのラーメンが完成するまでには数多くの苦労がある。
だが、天降さんはそれを見せないし、
聞かれなければ自ら語ろうともしない。
美しさの中に、天降さんの生き様を見た。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com