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店を、店主を支えてきた
不動の看板メニュー
鹿児島らしさを備えた
名物・なんこつらーめん

一度、見ると忘れられないラーメンだった。
昨今の“インスタ映え”に見られるような
過度で突飛な演出が施されているわけではない。
それでも十分にインパクトが残るのは、
普通のラーメンにはまず入っていないものがトッピングされているからだ。



「そうですねえ、お客さんの6割以上が注文するかな」。
店主はそう言って、麺を茹で始めた。
慣れた手つきで麺をテボの中で泳がせ、
スープを注いだ丼に、その水分を伴って幾分か太くなった麺を入れる。
その後だった。
大きなチャーシューか。
違う、もっと厚みがあるものを盛り付けた。
“豚なんこつ”だった。

「妻の両親が奄美出身なんです。
この豚なんこつは『とんこつ』とも呼ばれ、
鹿児島市内でも馴染みがある食べ物ですが、
奄美のほうが本場なんですよ。
ただの豚の角煮ではなく、焼酎で煮込み、
黒砂糖を使って調味するのが特徴です。
何かうちらしい名物が作れないかと考えていたとき、思いつきました」
店主はそう言って、麺の上にその豚なんこつをのせた。
その瞬間、デーンという擬音が頭に響き渡った。
そのくらいのインパクトだ。
インスタ映えが生まれるずっと、ずっと前の、
2001年にこの「なんこつラーメン」は誕生し、
以来、「南香らーめん」には欠かせない名物になっている。



一口食べて、そのやわらかさに思わず目を見開く。
身がホロホロで、なんともいえないやさしい食感。
その味は一般的なチャーシューと比べると甘辛い。
では豚なんこつだけが一人歩きしているかといえばそんなことはなく、
スープ自体があっさり目ということもあって、
実に調和がとれた味わいだった。
豚なんこつをご飯にのせた丼「せごめし」をオーダーし、
基本のラーメンとセットにして楽しむ常連客も多いそうだ。

「このホロホロの食感に仕上げるのがポイントですね。
ちょっとでも固いとラーメンのトッピングとして合わないですから。
うちは圧力鍋で調理していますよ」



企業秘密のような調理法をさらっと教えてくれたのには驚いたが、
逆に、ホロホロにできたところで、
この豚なんこつにはならないのだと思え、
店主の自信がうかがえた。

豚なんこつが引き立てるスープは、
豚骨をメインに鶏ガラを合わせて一度炊き、
そこでスープを休ませてから、さらに追い炊きする。
味のアクセントにするため、
背脂をコクを深めるために入れるという引き算と足し算の掛け合わせが絶妙だ。



盛り付けは錦江湾を意識し、
豚なんこつを桜島とし、タマネギで噴煙を、
ニラとネギによって雄大な大地を表現している。

「元々、習ったレシピを自分なりに少しずつアレンジしてきて、
今の一杯があります」と店主は微笑んだ。
「南香らーめん」は1997年のオープン。
元々、店主はCDショップを経営していたが、
行きつけだったカウンターだけのラーメン店が閉店することを知り、
その味を残したいと、その店の主人に頼み込んでレシピを習った。



「その店に味に惚れ込んでいましたから、
本当にラーメンのラの字も知らないど素人でしたが、不思議と流行ると思えたんです。
そんなに甘くはなく、開業から3、4年は鳴かず飛ばずでしたが、
このなんこつらーめんが完成してから、風向きが変わりました」

この名物が、店を、そして店主の心も支えてきたのだ。
豚なんこつはサービス満点の150gゆえに、
全然、利益につながらないのだと店主は笑った。
それでも店主は今日も大量の豚なんこつを仕込み、カウンターの向こうで待っている。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com