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  2. 私福の一杯。

新しくもあり、
それでいてクラシック。
自分が食べたいものを
お客様が喜ぶ在り方で。

屋号からトンガっている。
「チュウカソバキミイロ」という文字面だけを見ると呪文のように見えるが、
ゆっくり口にすれば“中華そばキミイロ”のことだと分かった。
何度か咀嚼するように、屋号を口にしてみたが、なんとも言えず、リズムがいい。
だんだんと、2017年、夏生まれのこのニューフェイスへの親しみが増していった。

元々、音楽に没頭していたという店主の堤田敏昭さん。
転機になったのが、鹿児島市につけ麺文化を浸透させた
名店「麺歩バガボンド」だった。
ここで5年、働くうちに、すっかりラーメンの虜になっていく。
その後、鹿児島でいわゆる鹿児島ラーメンという在り方を押し広げた
名店「Noodle Laboratory 金斗雲」でも腕を磨き、晴れて独立。

「今はラーメンだけなんですが、
福岡にあるラーメン居酒屋の老舗『やまちゃん』みたいな、
ラーメンも気軽に食べられ、軽く飲んでも良いという、
ああいう業態に憧れています。
いつかそういう業態にシフトしていきたいですね」と
爽やかな笑顔を見せた。

「チュウカソバキミイロ」という店名が表す通り、
この店の看板メニューは中華そば、つまり醤油ラーメンだ。
メニュー表には、「これでダメなら申し訳ない」(中華そば)と書かれてある。
実に潔い。
そして、同時に堤田さんの遊び心も伝わってくる。
絶対に良い店だなと確信した瞬間だった。

スープは鶏ガラがベース。
これを琥珀色に染めるのが、2種の醤油をブレンドした元ダレ。
ほんのりと甘みが鼻を抜ける、実にホッとする味わいだ。
懐かしいか、と聞かれれば、そうだとは思わない。
ただ、クラシックな要素はビンビンに感じる、実に不思議な液体だ。
そして、そういう底が見えない存在だからこそ、ぼくは惹かれる。
「実は鶏ガラについては、地鶏を放し飼いにして育てている『ヤブサメファーム』
さんのところの鶏ガラだけしか使っていないんです」
シンプルな構成のラーメンだけに、
素材が異なれば味わいはガラリと変化する。
堤田さんは土台となる鶏ガラには一切の妥協はしない。

トッピングで目を引くのが中央に鎮座した
低温調理による豚肩ロースのレアチャーシュー。
しっとりとした食感を最大限に満喫すべく、
提供されたら可能な限り早い段階で口にしたい。
その後はスープの熱によって徐々に火が通っていく過程とともに堪能すべし。

開業時は中華そば一本だったが、
現在は煮干し100%のスープで楽しむ一杯や、
麺の味わいをダイレクトに楽しめるまぜそば、
野菜をたっぷり盛りつけたタンメンなど、メニューに広がりが出た。
堤田さんは「バラエティが豊富なのは、
お客様のためというよりも、自分のためというほうが近いですかね。
自分が食べたいものしか作りたくないんです。
その上で、お客様を楽しませたい」と言葉に力を込めた。

「これでダメなら申し訳ない」(中華そば)は、
堤田さん本人が誰よりも食べたかったものであり、
当時の鹿児島でレアチャーシューを添えて
醤油ラーメンを提供している店はなかった。
自分が喜び、お客もワクワクする。
そういうバランスを堤田さんは大切にしているのだ。

名山エリアという中心地から少し離れた立地。
しかもカウンターのみ8席というコバコ。
営業は昼のみという、県外者のぼくにとって非常にハードルは高いが、
絶対にまた来ようと心に決めるほどに、
すっかりキミイロに染められている。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com