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こだわらないことが
唯一のこだわり。
夫婦二人三脚で
老舗の暖簾を守る。

創業は1961年。
姶良市加治木町にある「らーめん天天有」は
鹿児島ラーメンにおける老舗として広く知られる存在だ。
現在は3 代目・池田要さんが暖簾を守っている。
「実は2 代目というのが、うちの妻なんです。
妻もまだまだ元気ですから、
今は2 代目と一緒に店を切り盛りしているようなイメージなんです」と
池田さんは教えてくれた。
その言葉を受けて2 代目・信代さんも
「主人が店に立つ以前は経営、ラーメン職人、
その2つを一人で背負ってきました。
今は経営面だけをサポートし、
ラーメンづくりは主人に完全に任せるようになりました。
本当に負担が減りましたよ」と笑顔を見せた。
そう、「らーめん天天有」は、夫婦二人三脚の名店なのだ。

創業のきっかけは初代の閃きだったという。
「まだラーメンそのものが広く認知されていなかった時代に
これからはラーメンの時代が来る!と思い、
鹿児島市内にある老舗に修業に出たようです。
そこでラーメンづくりをひと通り覚え、
地元に店を構えました」と振り返る信代さん。
初代はその店の立ち上げから2 年くらい経ってから独立し、
この「らーめん天天有」を開業したという。

そんな池田夫妻のモットーは「こだわらないこと」だ。
こだわりという言葉は一見、とてもストイックで、
好印象のイメージではあるが、
そのこだわりがあることによって
身動きが取れなくなってしまうことも珍しくない。
「うちはお客様第一。
美味しくなるならどんどん変えて良いと思っています。
お客様第一という思いがあれば、ブレないと思っていますから」という池田さん。
信代さんも「私が一人で店を切り盛りしていたときは経営と職人、
そのどちらでもありましたから、
ちょっと高くても良い食材を使いたいという職人の私と、
少しでも利益を残して家族や仲間を守らないといけないという
経営者の私が常に喧嘩をしている状態だったんです。
職人の部分を主人に任せ、切り離すことで、
線引きができるというか、
頭の中でメリハリがつくようになりました」と続けた。

「天天有」のメニューは基本のらーめんとその大盛り、
白ごはん( 大~小の3 サイズ) のみと潔い。
スープは鹿児島産の豚の頭骨だけを使ってとる。
ここに和の食材でとった出汁を合わせ、馴染ませていく。
豚頭骨は下処理をしっかり行った上で、匂いを抑えつつも、
しっかり焚き出すため、コクのある味わいに仕上がる。
粘度はそこまでなく、口当たりは滑らか。
褐色のそれからは豊かなフレーバーが立ち上り、食欲を刺激する。

このスープに合わせるのが自家製の麺。
元々は近隣の製麺所から仕入れていたが、
店舗をリニューアルのために3ヶ月閉めた際に自家製に切り替えた。
常に試行錯誤しているという要さんの言葉通り、
使用する小麦粉やかん水、そして水分量など、
絶え間なく変化し、現在の麺に至っている。
中太のストレート麺ではあるが、
ほのかに手もみの工程を入れることで、
スープとの絡みをよくするという工夫が見られ、
その麺の形状こそ、ご夫婦のラーメン人生のようだった。
製麺機を使った加水率37%前後の麺は、
その多加水によるつるりとした表面のなめらかさも魅力の一つ。
「スープの豚骨と和風出汁の配合も、
麺の加水率の加減も日々のちょっとした気候の変化でも変わってきます。
毎日、違うことをしているような心持ちでいるので、
飽きることはありませんよ」と要さんは目を細め、手に持った麺を見つめた。

ラーメンのトッピングには
鹿児島県産の豚バラ肉を用いたチャーシュー、モヤシ、そしてネギが乗る。
気をてらわない、鹿児島の王道的なスタイルだ。
ただ、天天有では自家製の味噌が卓上に添えられ、
これを途中で加えることで、
味噌ラーメン仕立てとしても楽しむことができる。
「常連さんの豚味噌が食べたいなあという
一言から生まれた味噌なんです。
チャーシューのタレなども味噌に加えることで、
旨味たっぷりに仕上げてあります」という2 代目。
この味噌はご飯とも相性抜群なので、
ぜひらーめんとご飯、セットで味わいたい。

「主人が3代目となってらーめんづくりに取り組んでくれるようになり、
それまで以上にらーめんも美味しくなったと思いますよ」と
信代さんは微笑んだ。
もちろん、職人である要さんと経営者である信代さんでは立場が違うため、
夫婦間で喧嘩することもあるというが、
最終的なゴールは「お客様にとっての美味しい」であるため、
収まるところに収まるのだという。
本気だからこそぶつかる。
本気だからこそ、互いに理解できる。
実に良い関係だと思った。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com