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  2. 私福の一杯。

異色の経歴を持つ
ラーメン職人が
鹿児島ラーメンの
王道を追求する。

鹿児島ラーメンの老舗といえば、
「のぼる屋」や「こむらさき」が思い浮かぶ。
そういえば、初めて鹿児島ラーメンを食べたのは「のぼる屋」だった。
その後、食べ歩きを続ける中で、「こむらさき」に出会い、
「ざぼんラーメン」や「くろいわ」といった王道の味を食べていくうちに、
徐々に自分の中に鹿児島ラーメンのイメージが形成されていった。

「元斗好軒」のラーメンは、
ぼくの中で育まれていった鹿児島ラーメンのイメージを、
そのままブラッシュアップした一杯と感じた。
店主の前田さんは異色の経歴の持ち主。
ラーメンの修業先は「こむらさき」ということで、
王道の味を学んで今に至っているが、それ以前は喫茶店に勤務。
ラーメンとは全く縁のない世界にいた。
ただ、それが強みになっているとぼくは思っている。
元斗好軒のラーメンにしっかりとアイデンティティを感じるからだ。

前田さんの作るラーメンには美しさがある。
それはインスタ映えのような、
ビジュアルがキャッチーというニュアンスとは違い、
とても控えめな、静かな美しさだ。
例えば、チャーシュー。
肉そのものの味がしっかり伝わってくる厚みではあるが、
これをブロック状にカットする。
ドーンと一枚にするというアプローチもあるかもしれないが、
インパクトと引き換えに、食べやすさが損なわれてしまう。
モヤシやネギについても乱雑ではなく、
中央にふわりと盛り付けてある。
そういった心配りや丁寧な仕事が美しさを創り上げているのだ。

国産の豚骨と鶏ガラを1:1で
合わせてとるスープは脂っ気がほぼなく、
旨味がすっきりと感じられる。
白濁はさせず、透明感を残して仕上げてあるため、
見た目にも上品な印象を受ける。
味付けの決め手となる元ダレには地元・鹿児島のやや甘めな醤油を
使っているそうで、この味わいによって鹿児島らしい味わいを生み出す。
この自慢のスープに山椒を合わせた「金色山椒らーめん」は、
清涼感溢れる山椒の風味が抜群の相性を見せる。
元々限定メニューだったが、ぼくと同じように、
この他では食べられない一杯を所望する人々の声により、
通年販売されるようになった。

麺は創業時から一貫して、
馴染みの製麺所から仕入れた中太ストレートを用いる。
表面に張りがあり、しなやかなコシが堪能できる麺で、
滋味豊かなスープによく合う。

前田さんの修業先である「こむらさき」の一杯は、
鹿児島のスタンダードともいうべき、昔ながらの鹿児島ラーメンだ。
その味に惚れ、時代を超えて愛されるラーメンを前田さんは目指してきた。
初めてここの「らーめん」を食べた時、
懐かしさを覚えるビジュアルにも関わらず、
なぜか「鹿児島ラーメンのネオスタンダードだ」と感じた。
どうして「ネオ(新しい)」だと思ったのかというと、
この一杯に新しい息吹を感じたからだ。
ラーメンとは畑違いの世界からやってきた前田さんが
解釈する王道ど真ん中の鹿児島ラーメン。
その世界観が痛快だった。

「元斗好軒」は、今では鹿児島ラーメンを代表する人気店になった。
それでも、やっぱり前田さんは初めて会った時と同じように気さくで、
いつもにこやかに迎えてくれる。
変わらない人と店。
これもまた「元斗好軒」の魅力だ。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com