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  2. 私福の一杯。

多彩な麺料理が揃う麺食堂
筆頭メニューのこってりは
自家製麺と濃厚スープの
マリアージュを堪能すべし

この店で最後に食べたのは「昔ながらの中華 SOBA」だった。
思い浮かべると喉がゴクリとなる。
琥珀色のスープは黒さつま鶏の鶏ガラに豚骨を合わせた出汁に
まろやかな醤油ダレを合わせたもので、
スープそのものはほっこりと心が和む、滋味に富んだ味わいだ。
ただ、そこに手もみの縮れ麺、レアチャーシューを組み合わせることで、
「TaRa」ならではのオリジナリティを打ち出す。
ぼくの記憶にしっかりと刻まれていた。

その日も「中華 SOBA」を注文しようと思っていた。
新旧が混濁する美味なるカオスに惹かれていたが、
前回からずっと後ろ髪引かれる思いを抱いていた一杯があったことを思い出した。
一番人気という「こってり豚 SOBA」だ。
初めて来店した際に食べた以来なので、実に 9 年くらいは経っている。
一番人気の進化が気になり出したら、
もうそれ以外、見えなくなっていた。

「こってり豚 SOBA」は 2010 年のオープン以来、
ずっと TaRa の屋台骨を支えるような不動の人気メニューだ。
店主のラーメンづくりは独学。
好きが高じてラーメン店を営むようになったという
話自体は全国を広く見渡せば、珍しい話ではないが、
このクオリティはなかなかお目にかかれない。
「本当はこのこってり一本で勝負したいところですが、
なかなかその自信が持てなくて」と店主は謙遜する。
そうは言いながらも、
店主がラーメンが美味しくなるためなら変化を厭わず、
柔軟に、進化させてきた一杯は、まぎれもなく、
それぞれが専門店として通用するレベルだ。

「こってり豚 SOBA」は、出汁をゲンコツ、
頭骨といった豚骨のみでとるが、
こってりの対極に位置付けられた
「あっさり鶏 SOBA」は鶏ガラが主体。
狙った味に向けて、明確に出汁を使い分けている。
TaRa の特徴はこってり、あっさり、
中華そばといったラーメン 3 種に加え、
つけ麺、油そばといった多様な品揃えに加え、
オープン当初から自家製麺を貫いている点だ。
店主は「ラーメン店を志した時から、
麺も自家製にしようと考えていたんです。
スープは当然ですが、麺も自分で手作りしたら、
その一杯は完全に自分の味になると思ったんです」と振り返り、
笑顔を見せた。
スープにこだわればこだわるほど、
そのスープにぴったりと寄り添うような理想の麺への気持ちが強くなる。
麺もスープ同様、マイナーチェンジを繰り返し、
今の形になったのだと教えてくれた。

現在、麺は大きく 2 種を仕込む。
切刃番手 16 番の中太、20 番の中細で、
冒頭で紹介したように「中華 SOBA」だとこの麺に手揉みを加え、
テイストに変化を加えている。
こってりに合わせるのは中細のストレート麺。
水回しの後にいったん生地にまとめるも、
そこから 1 日熟成をかけ、表面のツルツル感を際立たせている。
口当たり滑らかで、なおかつ歯切れも良いので、
どんどん麺が進む。
噛み締めると小麦の香りも豊かで、口が次、また次と麺を求め続けた。
その麺に絡むスープは確かにこってりではあるが、
脂っ気の多いギトギトタイプではなく、
コクがしっかりあり、なおかつまろやか。
スープを炊く過程で骨をスープ釜に足していく手法を取っていることもあり、
後半は沈殿した骨粉によるほのかにざらりとした感触があった。
豚骨がもたらす香りがワイルドで、
こってり欲を 200%満たしてくれる一杯だ。

食事中、美味しさに向けた店主の圧倒的熱量にクラクラしっぱなしだった。
ぼくのような麺マニアにとって大喜びな店ではあるが、
敷居は決して高くない。
店主も「老若男女みんなに愛される店を目指しています」と目尻を下げ、
ラーメンを作っていた。
店の造りもカウンター主体ではなく、
テーブル席、小上がりが多く、家族連れなどのグループ客にやさしい。
麺を愛する人が集まる食堂、
“麺食堂” の懐の深さを感じた。

山田祐一郎 やまだ ゆういちろう

福岡県・宗像市出身。日本で唯一(※本人調べ)の
ヌードルライターとして活躍中。実家は製麺工房で、
これまでに食した麺との縁は数知れず。
九州を中心に、各地の麺を食べ歩き原稿を執筆。
モットーは”1日1麺”。著書に『うどんのはなし 福岡』、
『ヌードルライター秘蔵の一杯 福岡』。
http://ii-kiji.com